夢の世界大会ファイナルでグランプリ!

ドリームプラン・プレゼンテーション世界大会 in 2014

観客1800名の方に選ばれ共感大賞を受賞!

 2014年12月13日 2014ドリプラ世界大会ファイナルステージ
 東京ドームシティホール
 世界人が繋ぐ中国茶10000年  【共感大賞】
 プレゼンター:大高勇気
 




夢プラン・プレゼンテーション2014世界大会/中国国内閲覧の方

皆様の支援を必要としています

 中国にはたくさんの茶農家がより良い茶葉を作るために支援を必要としています。
 プレゼンを見て頂き、私も何かお手伝いを!と思って頂けた方には、
 是非ご支援を賜りたく思います。

 支援して頂ける方法をいくつかご用意しております。

お茶を飲んで茶畑支援
 ・茶畑で作られた美味しいお茶を飲み、生産農家を支援して頂けます。

原産地スタディツアー支援
 ・NPO法人で管理している茶畑まで行き、農家の方達と一緒にお茶を作ります。
  既に3回開催し、毎年1,2回企画し、大高がガイドをさせて頂きます。

支援者詳細紹介
夢プラン・新聞
過去のドリームプラン・プレゼンテーション:

ドリプラを終えて (かなりの長文ですのでお時間のある時に。。。)
● ドリプラ世界大会・共感大賞  「感謝」の本当の意味

2010年に深センドリプラでプレゼンターをさせて頂き、
自分のするべき事をしっかりと3年間行動し続けました。

夢の世界だからこそ、全部写真で表現したい。
世界大会の唯一のこだわりでした。

夢を描き、形にしなければ写真にはなりません。
夢だから無いものだけど、あるように感じてもらいたい。
福島先生の「夢しか実現しない」の言葉を信じて。

7月から半年間ドリプラを作りこむことで、
私の多くの仕事を大切な社員に振ってしまった事。
ずーっと良いかな?大丈夫かな?と思っていた。
だから始まる前から感謝出来ていると思っていた。
10年間社員教育でも感謝感謝と話し続けてきた。

わかってるつもりで全然わかってなかった「感謝」

本当の感謝の意味をこのドリプラで経験した。
「生きる意味・価値」を考え、見つける事が出来たこと。
生きる意味?価値?ほとんどの人が考えていない。

ただ仕事をして、ただ生活をして、
一昨年、去年、今年、来年、再来年。
同じような事をしてきて、していく。

生きる?生かされている?何のために?
自分と真剣に向き合って、魂を燃やしたい場所、燃やす目的。
それを考えた時、

12年中国で生活してきて、がむしゃらに茶畑に行き、
死に物狂いでお茶作りを学び、茶農家の方達と魂で語り、
自分の五感で茶畑、茶農家を感じていた自分がいた。

自分の道が見えていないのに、
知っているように「感謝」を話していたことに、
本当に恥ずかしくなった。

自分の生き様。 魂の育て方、使い方、届け方、燃やし方、伝え方。
これがわかっている人が本当の感謝が出来ると知った。

この半年間、
真剣に生きた。
真剣に考えた。
真剣に悩んだ。

自分の魂をゆっくりとじっくりと形にした。
丁寧に一言一言を書き、一枚一枚写真を選んだ。
プレゼンするまで百回以上練習をした。
心を、魂を声として形にする訓練をし続けた。

愛する茶農家に、愛する社員に、愛する仲間に、愛するお客様に、
自分は生きている事を伝えるために、10分プレゼンした。

プレゼンしている時、緊張はなかった。
あの舞台では前を見ても、光で誰も見えない。
あの大きな会場で2000名弱の方がいる中、
ポツンと自分だけ、一人の世界にいた。

あんなに練習していたのに、
今まで一回も間違えた事のない場所で、
セリフを間違えた。

動揺して影響あるかもと頭によぎったが、
すぐに取り戻せた自分がいた。
それは自分を信じることが出来たから。
思いや気持ちを込めて最後までプレゼンを終えられた。

自分を信じることの大切さと、
練習不足を神様からこっそり教えてもらった。

当たり前と感じている物が、
当たり前になってしまっていますが、
この当たり前がどのようの当たり前になっているのか?
これが本当に当たり前なのか?

自分の夢を、生き様を話し、
ドリプラで人として、大きな成長が出来た。
これからは日々「感謝」をして、
一番身近な方から「感謝」を伝えていきます。

そして、同じ志を持つ同志と、
茶農家が心を込めて作ったお茶、
飲むことで出来る茶産地の社会貢献や国際貢献!
大勢の方にご支援頂きたく思います。

最後に、
2014年ドリプラ世界大会共感大賞を一生の誇りとして、
これからもガンガンと夢を語り続ける事をここに宣言します!

長々と書きましたが、
最後までご覧頂き、心から感謝申し上げます。

ドリプラで学んだ事のまとめ  (このあとも長いです。。。)

ドリプラ:
ドリームプラン・プレゼンテーション/夢の計画をプレゼンする
プレゼンなのに数字もNG、説得もNG、ビジネスプレゼンとは全く違う。
あたかも実現したかのように作り、夢の疑似体験を通じて夢の価値を伝える。
大人が真剣に自分の夢と向き合い、自分の志を相手に伝える。

夢を信じるには、
その人を信じられなければ難しい。

応援していて、途中で諦めてしまったら応援が水の泡になるから。
だから、人は諦めない人を応援したい。


自分が生きてきた経験や価値観を通じて、
諦めない理由を聞いている人にしっかりと伝える。
こいつならやり遂げられる!絶対に続ける!と思ってもらうことが大切。
でも、この根本部分がなければ何も出来ないし、何も動かせないと思う。

10分で相手を感動させるには、共感しかない。

共感していない話しを10分聞いても自分とは関係ないと思う。
どうだったんだぁ!だから、そうなんだぁ!とか、
それって普通無理だよね?出来るの?と体験してもらう。

具体的な成長部分

自分のビッグピクチャーを描き切る。
私は1000年後の茶cafeのあり方を真剣に考えた。
お茶が広まる事によってどんな社会が出来ているのか?
今の問題や悩みが解決出来れば最幸。

中国茶は4700年続く歴史がある。
1000年前に当たり前だと思っていた事が、
1000年後の今日では全く違う物に変化した。
(あえて進化と言わず変化という文字を使いたい)
では、1000年後にどうなっていたら良いのか?

半年間、真剣に悩んだ。
もはや事業計画書のレベルではない、
その先の世界を見据えて、描かなければ。
この部分が本当に難しかったし考えたポイント。

自分をさらけ出すだせるか

ドリプラでは心のパンツと呼ばれ、
自分が自己開示したくない格好悪い部分を話せるか?

これも悩みました。。。(^^;)
自分の今しか知らない方はびっくりする要素の一つ。
でも、でも、でも。。。という心境。

でも、結果として話して良かった。
人生格好良い事が一番ではないし、泥臭い事を経験したから、
その人の事が好きになることもいっぱいあるんだ!と多くの学び。
この部分は個人差があるので、自分で線引をするのが最も良い!

実現するには夢が必要

福島先生は「夢しか実現しない」と言い切っていた。
実現しよう!と思った時、夢がなければ出来ない。
確かに!と思ったから夢を描かなかったら損だと思った。
何となく生きているだけでは、何も実現しない。
実現できる物がない事での人生リスクを感じた。

でも、多くの人が見つからない。
きっと考えた事もない人もたくさんいる。
仕事に流され、時間に流され、自分を大切にケア出来ていない。
自分の生きる意味や価値を真剣に考えた半年。

生きる姿に鳥肌が立つ

プレゼンターは半年間で急激に成長する。
最初は聞いても全く響かないし、伝わらない。
残り1ヶ月前ぐらいから、飛躍的な進化が見られる。
セミファイナルでは、その生き様や覚悟が眩しいほど光り輝く。

プレゼンが終わると泣いて感動する。
自分と向き合えたこと、一つのことに結果を出せたこと、
仲間の生きる姿を感じられること、支援者への感謝を感じたこと、
力いっぱいハグをした時、魂の鼓動が溢れるほどに伝わる。


最後に:
夢がないからプレゼンターは。。。と言う人がいる。
その人はきっと1年後も5年後も10年後も同じことを言う。
見つけに行っていないから、行きたくないと思うから。
簡単に生きることも出来るし、苦労しなくても愉しい事もある。

でも、でも、でも、
限りある人生をどう生きるか決めてなくて不安じゃないのかな?
死ぬ時に「わが人生に悔いなし」と言えるのかな?

僕は自分に素直に生きてきた。好きなことをしてきた。
だから本当に大変だったし、苦労も半端じゃなくしたし、もがき続けた。
でも、何かが欲しいわけじゃない。
希望、夢、未来を失いたくなかっただけ。

大勢の人に頭悪いとか、変人とか思われていたと思う。(今でも!?)
でも、中途半端で止められるほどドライな人間ではない。
不器用だし、上手く表現出来ない事もたくさんある。

日本人には無理でしょ。。。と言われながらも、
他の人が不可能だと思うことに挑戦し、真っ向勝負をした。
2002年中国に渡ってから今までに、

中国の国家試験官に認められた。
中国で累計200名以上の社員を雇う事が出来た。
中国で累計600名以上の方に中国茶藝を教えられた。
中国で累計59名の卒業講師が各地で頑張っている。
世界10ヶ国にお茶を卸すことが出来た。

中国茶を笑顔で飲んでくれるお客様と出会えた。
中国茶を好きになってくれた人が増えた。
中国茶藝を学ぶ子供達の溢れる笑顔を見た。
中国の歴史や文化を大勢の人に伝えられた。
世界に広げていく準備が少しずつ出来てきた。

2014年12月13日ドリプラ世界大会で共感大賞を受賞した。

だからわかったことが一つだけあります。
出来ない事も、形にならない事も、存在しないことを。

父の名言「経験以上の財産はない」

1981年4月28日に横浜で大好きな両親の子として命を授かった。
両親に恥をかかせたくない一心で真剣に学び、努力し続けてきた。
両親がこの世から去る1時間ぐらい前に、
「お前は俺の誇りだ」と言ってもらいたい。いや言わせるために。

自分の価値を磨き、能力を高め、世界の方と笑顔の交流をする。

大好きな父さん母さん。
12年間日本から離れてごめんなさい。
僕はあなた達が願う息子になれていますか?に
込められた大高勇気の魂でした。

長々と書きましたが、
最後までご覧頂き、心から感謝申し上げます。

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