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2004年から、産地・評価・教育を一つに。なぜ良いのかまで、説明できる中国茶を。
OTAKAYUKi TEACHINESE TEA WORLD BRAND
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FOUNDER / YUKI OTAKA

大高勇気プロフィール

料理人を目指して渡った中国で茶と出会い、2004年に事業を開始。失敗も遠回りも、産地と飲み手をつなぐ仕事へ変えてきました。

料理人を目指して渡った中国で茶と出会い、2004年に事業を開始。失敗も遠回りも、産地と飲み手をつなぐ仕事へ変えてきました。

01 / FOUNDER / YUKI OTAKA

料理を学びに、中国へ

1981年、横浜市生まれ。中国料理を学び、2002年に点心修行を目的として広州へ渡りました。中国語を学びながら料理の道を進んでいましたが、修行先の休業を契機に進路が変わります。料理で培った「素材と技術が味になる」という視点は、のちの茶の評価やペアリングへつながりました。

中国茶産地の古民家の入口に立つ大高勇気
02 / FOUNDER / YUKI OTAKA

茶を評価することから始めた

2003年から茶の評価を学び、2004年に中国茶事業を始めました。創業当初は思うように売れず、仕入れや熟成でも失敗を経験しました。それでも、メールマガジンやブログで茶への思い、茶農家の苦労、現地で見たことを本音で伝え続け、少しずつ飲み手との信頼を築きました。

産地で茶樹の葉を観察する大高勇気
03 / FOUNDER / YUKI OTAKA

選ぶ人から、伝える人へ

良い茶を見つけても、理由が伝わらなければ価値は届きません。2007年に学校事業を本格化し、教室、講演、産地スタディツアー、出版、動画へ活動を広げました。自分が時間をかけて得た知識を、次の人が理解できる言葉へ翻訳することも、バイヤーの責任だと考えています。

ドリームプランの舞台で思いを語る大高勇気
04 / FOUNDER / YUKI OTAKA

使命は、命の使い方

中国茶を通じて、作り手が誇りと希望を持ち、飲み手が豊かな時間を得て、次の世代が未来を描ける循環をつくる。そのために、産地で確かめた価値を一人でも多くへ届け、先人から受け継いだ文化を未来へ手渡すことを、自らの仕事と定めています。

茶席で中国茶を丁寧に淹れる大高勇気
MILESTONES

大高勇気の歩みと仕事の広がり

横浜に生まれる

横浜市で生まれ、少年期はサッカーに打ち込みました。

中国料理を学ぶ

調理師学校で中国料理を専攻し、素材と技術が味へ変わる過程を学びました。

料理修行のため広州へ

中国料理と点心を学ぶため広州へ渡り、中山大学で中国語を学びました。

料理から中国茶へ

点心修行先の休業を契機に進路を見直し、華南農業大学で茶の評価を学びました。

中国茶事業を開始

中国茶の販売を始め、産地訪問と情報発信を重ねながら飲み手との信頼を築き始めました。

新茶と熟成を学ぶ

新茶販売と自社倉庫での熟成を並行し、失敗と年次比較から保管・品質判断を学びました。

学校事業を開始

販売だけでは伝え切れない背景、評価、淹れ方を、学びとして届け始めました。

上海へ拠点を拡大

広州で培った事業と教育を上海へ広げ、活動の接点を増やしました。

使命を言葉にする

ドリームプランで、作り手、飲み手、次世代をつなぐ中国茶事業の使命を発表しました。

協会を設立

日本中国茶文化交流協会を設立し、教育、認定、講師支援、産地交流を組織化しました。

自治体の文化交流へ

横浜・上海友好都市提携45周年関連行事で中国茶の解説と試飲を担当しました。

著書を刊行

『中国茶の魅力を日本へ!そして世界へ!』に、産地と事業、文化継承への思いをまとめました。

映像教育へ広げる

YouTubeとオンライン講座を開始し、繰り返し学べる映像教材の基盤をつくりました。

困難のなかでも届ける

供給制約下で小規模な試験配送から新茶調達を再開し、文化交流行事でも産地の価値を伝えました。

経験を次代の知識へ

産地、製法、比較、抽出、顧客の問いを、教科書と知識データベースへ体系化しています。

AT A GLANCE

大高勇気の5つの仕事

選ぶ

産地と年次を見て、理由を説明できる茶を選定する。

つくる

作り手と対話し、目指す品質と飲み手の声を共有する。

教える

比較、評価、抽出を、再現できる学びへ変える。

つなぐ

産地と消費地、日本と中国、人と人の茶縁を育てる。

残す

経験と一次情報を書籍、映像、教材、データとして次代へ渡す。

FROM EXPERIENCE TO MISSION

遠回りも失敗も、現在の判断基準になった。

2014年のドリームプラン、出版、メディア記録を、現在確認できる経歴と歴史資料に分けてまとめています。

01

料理人を目指して広州へ

1981年に横浜で生まれ、2000年に中国料理を専攻。素材と技術が味へ変わる世界に惹かれ、2002年8月に料理と点心の修行を目的として広州へ渡りました。中山大学で中国語を学び、現地の料理専門学校でも道具、技法、材料の言葉を身につけました。

研修先のレストランが休業したことをきっかけに進路を見直し、飲茶を学ぶなら点心と茶の両方が必要だと考え、中国茶をより深く学び始めました。

02

市場へ通い、売れない時期から学ぶ

広州の茶市場へ通い、店、茶、価格、作り手について記録を重ね、2004年1月から中国茶の販売を始めました。無名の店の茶はすぐには売れず、生活も事業も厳しい時期が続きました。

茶への思い、茶農家の苦労、現地で見たことをウェブや文章で伝え続け、少しずつリピーターと取引先が増えました。仕入れや熟成の失敗も隠さず、保管、年次差、選定を学ぶ材料にしてきました。

03

販売だけでは伝え切れず、教育へ

2006年に小さな店舗を構え、2007年に市内店舗と中国茶教育を始めました。広州から上海、蘇州へ活動を広げ、教室、講演、認定、産地スタディツアー、文化交流、出版、映像教育を重ねました。

良い茶を選ぶだけでは、価値は十分に届きません。作り手が何を大切にし、工程がどう香味へ現れ、どのように淹れると良さが伝わるかまで翻訳することを、自分の役割と考えるようになりました。

04

2014年、使命を言葉にする

事業開始から10年の節目に、自分の命を何へ使うのかを問い直し、「世界人が繋ぐ中国茶10000年」をドリームプラン・プレゼンテーション世界大会で発表しました。2014年12月13日、東京ドームシティホールのファイナルで共感大賞を受賞しました。

発表の中心は、先人への敬意、茶農家への直接支援、正当な評価と販路、産地で学ぶ機会、飲み手から作り手へ感謝が戻る循環、そして文化を次世代へ渡す責任でした。

05

感謝を、行動へ変える

2014年の発表後も、感謝は言葉だけでなく、茶畑へ通うこと、作り手とともに考えること、消費者の声を産地へ返すこと、次の教材をつくることによって示すものだと考えてきました。

うまくいった実績だけでなく、迷い、失敗、学び直しを記録し、自分を信じて準備を重ねる大切さも、講演と教育で伝えています。

06

次の二十年へ

現在の公開肩書きは「中国茶研究家」。大高勇気茶@中国上海・広州・蘇州として、産地選定、商品、教育、法人支援、文化交流、記録を一つの循環として育てています。

過去の経験を個人の記憶だけに残さず、一次情報、比較記録、教材、映像、知識データベースへ整理し、次の世代がさらに先へ進める土台をつくります。

BOOK & PUBLIC RECORDS

一冊に残した世界と、社会へ伝えた記録。

出版と取材は、活動を飾るためではなく、産地で受け取ったものを社会へ返すための記録です。

BOOK / 2019

『中国茶の魅力を日本へ! そして世界へ!』

著者
大髙勇気
出版日
2019年9月30日
出版社
カナリアコミュニケーションズ
仕様
単行本 178ページ
ISBN-10
4778204581
ISBN-13
978-4778204587
旧サイト掲載定価
本体1,400円+税

茶農家と自然、バイヤーの技術、テイスティング、販路、世界での中国茶、文化継承、生涯の使命を、2007年から書きためた学びとともにまとめました。価格・販売場所は刊行時の記録であり、現在の販売条件を示すものではありません。

MEDIA / WRITING

新聞・雑誌・テレビ・執筆

  • 2009年6月13日|読売新聞「国際」ページ:事業と中国茶の取り扱いを紹介
  • 2009年|香港TEA EXPO:展覧会参加中に現地メディアが取材
  • 2011年|AERA 1月3・10日合併増大号「中国に勝った日本人100人」掲載
  • 2011年|TBS系「dreamup」:広州・竹清堂で評茶を実演(映像の版権は放送局)
  • 2012年|CCTV系マイクロドキュメンタリー「都市茶恋《中国茶日本梦》」取材
  • 2015年|上海ICS《中日新視界》人物ドキュメンタリー「大高勇気」
  • 2015年以降|上海SuperCity、上海Whenever、広東Whenever等の特集・連載・執筆活動

茶を喉を潤す飲み物だけでなく、一度立ち止まり、今の自分と望む未来に向き合う時間として届けたい。その一杯のために、産地へ行き、学び、伝え続けます。

NEXT STEP

目的に合う入口から。

中国茶を選ぶ、学ぶ、事業に取り入れる。目的別にご案内します。

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